式内社の環境デザイン

2025年末に、以前から所属している東京の大学院に行き、研究内容について発表してきた。

研究内容は、「式内社」(しきないしゃ)という古い神社に関するものである。
神社が好きな人にはよく知られているが、1000年前に国が作った『延喜式神名帳』という神社リストに名前がある神社のことである。

きちんとした古代の文献にその名前が載っているので、由緒正しい神社として崇敬を集めている。
この式内社は全国に3000箇所近くあり、下図のように位置も調べられている。

戸田の研究は、この式内社が建つ場所に秘められた意味を探ることである。
1000年前の神社がそこにあるということは、1000年間それを受け継いできた人々がいたということであり、
そこには途方もない量の知恵が蓄積されているはずである。

もちろん、話は簡単ではない。
神社は無くなったり、復活したり、移動したり、名前を変えたりする。
今残っている式内社が、本当に1000年前からそこにあったものなのか、証明するような記録もない。
そのため、この「式内社」という対象は、歴史学ではあまり正面から扱われなかったりする。

それでも、何とかしてこの式内社を、歴史の土俵に乗せたいというのが、研究の基本的なモチベーションになっている。
それというのも、そこには「生きること」「つくること」に関する根源的な問題が潜んでいるからだ。

ひとつ例を挙げてみる。
これは福井県の敦賀市にある久豆弥神社(くつみじんじゃ)という神社である。
境内には巨大な杉の木が生い茂り、足を踏み入れた人は誰でも神秘的な感覚を覚えると思う。

社殿の前には、壁のないとてもオープンな拝殿もある。
近江地方に多い「舞拝殿」に似たもので、祭礼への使用に特化しており、沢山の人々がぐるりと回りを囲む賑やかな様子が感じられる。

奥の階段を登ったところにある本殿のまわりには、村の神々の小祠が集められている。

本殿の裏に回ってみると、露出した岩肌から水が湧いている。

この「久豆弥神社」の名称は、「湧き水」が語源と考えられている[1]。
身体や農地を潤してくれる清浄な水の恵みを、人々は神聖なものとして崇敬し、護ってきたわけである。

時代が下ると、そこに社殿の建物が建ち、祭礼が発展し、境内の空間がそれに応じて整備されていく。
社殿にはコノハナサクヤヒメやニニギなど、日本神話に登場するような祭神が祀られる。
だが、もともと祀られていたカミは、この「自然環境」そのものなのだ。

***

ヒトが生きるためには、何かを信じることが必要である。
脳にプログラムされた「信仰心」という感情が、そこにある「環境」と何らかの関係を取り結んだとき、信仰空間がつくられる。
いまでも、古い神社に行って手を合わせると心が洗われるような感覚を感じたりするのは、文化や空間が認知にそう働きかけているからだ[2]。
それは、設計によって再現することはできない。
その場所限りの環境と人間との関係によって、永い時間の中でつくり上げられたデザインである。

全国に多くある「八幡神社」や「稲荷神社」のような、中世以降に「勧請」され広まった神社とは違い、式内社は古くからの名前を残している。
それは人々が自然環境に付けた古い古い「タグ」のような情報である。
それらを手がかりに、謎めいた神社空間のデザイン原理を読み解いていくことができるはずである。

(2026.01.02)

  1. クシミ(奇し水)→クチミ→クズミ(久豆弥)と変化した。
    (『式内社の研究 第8巻 北陸道』、志賀剛、雄山閣、1985年、p.24) ↩︎
  2. 近年では人間の脳の認知機能と神・霊魂の関係を研究する「認知宗教学」が発展しており、原始・古代の人々の精神活動を知るための手掛かりとされている。
    (『まつりと神々の古代』、笹生衛、吉川弘文館、2023年、pp.8-10) ↩︎